東京地方裁判所 平成8年(ワ)18428号 判決 1998年1月30日
原告
甲野太郎
被告
株式会社△△△
右代表者代表取締役
乙野夏男
被告
丙山春男
外一名
右三名訴訟代理人弁護士
竹下正己
同
原秀男
被告
戊山冬男
右訴訟代理人弁護士
丸山輝久
同
小倉京子
同
河野慎一郎
同
荒木昭彦
同
伊東良德
同
尾崎純理
同
栗宇一樹
同
小沼清敬
同
杉本朗
同
鈴木武志
同
鈴木義仁
同
滝本太郎
同
武井共夫
同
竹下博徳
同
鎮西俊一
同
中山ひとみ
同
西村正治
同
根本伯真
同
原田勉
同
松村昌人
同
本山信二郎
同
山口廣
同
山本純一
同
渡辺博
同
伊藤和夫
右訴訟復代理人弁護士
北村晋治
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告株式会社△△△、被告丙山春男及び被告丁野秋男は、原告に対し、連帯して金一〇〇〇万円及びこれに対する平成七年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告戊山冬男は、原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成七年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、原告において、被告株式会社△△△、被告丙山春男及び被告丁野秋男が編集し、発行している週刊誌「週刊○○○」に掲載された記事(同記事中には、被告戊山冬男のコメントが紹介されている。)により名誉を毀損されたとして、被告らに対し、不法行為に基づいて損害賠償を請求する事案である。
二 前提事実(当事者間に争いがない事実及び証拠、弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
1 被告株式会社△△△(以下「被告△△△」という。)は、「週刊○○○」など多数の雑誌、書籍を発行、販売している株式会社である。
被告丙山春男(以下「被告丙山」という。)は、「週刊○○○」の発行人であり、被告丁野秋男(以下「被告丁野」という。)は、その編集人である。
(なお、被告△△△、被告丙山、被告丁野の三名を併せて「被告△△△ら」という。)
2 原告は、もと大阪弁護士会所属の弁護士であり、平成七年一一月二〇日当時、オウム真理教代表役員兼教祖であるAことM(以下単に「M」という。)を被告人とする殺人等の刑事被告事件の私選弁護人であった。
3 被告△△△は、平成七年一一月二〇日ころ、「週刊○○○」平成七年一二月一日号(以下「本件週刊○○○」という。)を発行し、日本全国において発売した。
本件週刊○○○の二四三頁から二四七頁には、以下の内容を含んだ記事(以下「本件記事」という。)が掲載されている。(甲第一号証の一ないし五)
(一) 「『A謀略公判』のウラで『甲野弁護士逮捕』のウルトラC」という本件記事の見出し(以下「記述①」という。)
(二) 「一説には、オウムが甲野弁護士に支払った着手金は1億円ともいわれる。」との記述(以下「記述②」という。)
(三) 「問題は、甲野弁護士の行動、発言からは真剣に公判対策を練っている様子が窺えないことだ。A被告の公判資料は段ボール箱10箱分ともいわれるのだが、『そんな資料が甲野弁護士の自宅に運び込まれる光景は見たことがない』(前出・ワイドショースタッフ)。」との記述(以下「記述③」という。)
(四) 「ワイドショーに出演した際、麻原被告の側近であるI被告の名前さえも、『全然、知りません』とやって、失笑を買ったほど。」との記述(以下「記述④」という。)
(五) 「番組で甲野弁護士の不勉強ぶりを指摘した松本サリン事件被害対策弁護団の戊山冬男弁護士も、呆れるばかりだ。『すでに自供を始めたI被告の存在さえ知らないんだから、話にならない。地検から資料が届いていないようなことも発言していましたが、資料は地検に行けば閲覧できるんです。要するに勉強不足。何もやる気がないとしか思えない。失礼ながら、A被告の弁護人も辞任して、引退したほうがいいと思います』
甲野弁護士では、まともな裁判は期待できないというのだった。」との記述(以下「記述⑤」という。)
(六) 「『甲野弁護士の実力に不安を抱いていた』(捜査関係者)といわれるA被告も(中略)事実、甲野弁護士の主任弁護人への指名要請にも態度を留保したほどだ。」との記述(以下「記述⑥」という。)
(七) 「解任・再任で初公判を延期させたA・甲野コンビに代わって、今度は東京地裁が迷走することになる。」との記述(以下「記述⑦」という。)
(八) 「『甲野ならAは3回死刑』」との中見出しの記述(以下「記述⑧」という。)
(九) 「刑事事件に詳しいベテラン弁護士もいう。『(中略)実際、甲野弁護士が主任弁護人となれば、A被告や教団と結託して公判の進行を妨害しても、裁判所は打つ手がなくなってしまいます。甲野弁護士を外すしか、まともな裁判は期待できません』」との記述(以下「記述⑨」という。)
(一〇) 「東京地検でさえ困惑している。地検関係者がいう。『(中略)甲野弁護士のような、いい加減な弁護人だったから、Aは死刑になったなどと批判されることも想起できるからです。』」との記述(以下「記述⑩」という。)
(一一) 「甲野弁護士の所属する大阪弁護士会の一部では、こんなジョークさえ囁かれている。『甲野さん一人体制なら、Aは3回死刑になる』」との記述(以下「記述⑪」という。)
(一二) 「これでは、地検側も後味が悪かろうというのだが、地検側が甲野外しを主張する背景には別の理由もあるという。『問題は彼が教団の伝書鳩であることです。A公判には他の被告の調書も軒並み提出され、弁護人は、それをコピーできる立場にもある。そのコピーを教団側が入手すれば、被告人たちの口裏合わせなど公判対策に利用することもできる。地検側は、妙な抵抗で裁判が混乱したり、長期化することは避けたいのでしょう』(前出・法曹関係者)」との記述(以下「記述⑫」という。)
(一三) 「そのため、地検側は、『甲野逮捕』さえ視野に入れているという情報もある。」との記述(以下「記述⑬」という。)
(一四) 「『弁護士法違反の可能性が』」との中見出しの記述(以下「記述⑭」という。)
(一五) 「すでに報じられているように、甲野弁護士は被告としての訴訟を抱えている。(中略)大阪弁護士会のある弁護士はいう。(中略)懲戒委員会の決定が出るまでには、早くても半年から1年かかるのが一般的だ。『したがって、A公判からの甲野外しという観点からは、懲戒は決定打にはなりません』と、前出の弁護士は語る」との記述(以下「記述⑮」という。)
(一六) 「これとは別に『甲野逮捕』の可能性が取り沙汰されている。前出・ベテラン弁護士がいう。『もし、地検側が甲野外しを真剣に検討するなら、逮捕は考えられます。福岡の件は詐欺、横領、弁護士法違反に問われる可能性もあるからです。逮捕となれば当然、A被告の弁護をすることは不可能になります』
じつは、地検サイドからも、『10月26日のA初公判直後に甲野弁護士を逮捕する』という情報がマスコミに流れたことがある。」との記述(以下「記述⑯」という。)
(一七) 「前出・地検関係者が微妙な言い方をする。『たしかに、地検内部には福岡の件で甲野弁護士を逮捕できないか、という意見もありました。(中略)ただ、甲野弁護士を逮捕しないまでも、福岡の件を材料に、揺さぶりをかけることは考えられる。逮捕をしない代わりに、国選弁護団の方針に従え、あるいは辞任しろという暗黙のプレッシャーをかけることは可能だろう』との記述(以下「記述⑰」という。)
(一八) 「テレビに出演した際も、話が預託金返還訴訟に及んだ途端、『な、何をいっとるかァ。そんなことはデタラメだ』と、取り乱して怒るなど、甲野弁護士にとって、福岡はアキレス腱であることは間違いない。だが、見方を変えれば、これほどアホらしいこともない。」との記述(以下「記述⑱」という。)
(一九) 「『大阪弁護士会2000名中2000番目の実力』とさえいわれる弁護士一人に、日本の司法制度が問われるといわれるA裁判が振り回されていることになるからだ。」との記述(以下「記述⑲」という。)
4 被告戊山冬男は、第二東京弁護士会所属の弁護士であり、本件記事の中で、そのコメントが紹介されている者である。
三 争点
本件記事は、原告の名誉を毀損するか。また、本件記事について、違法性を欠く理由又は故意過失が否定される理由があるか。
四 争点に関する当事者の主張
(原告)
「週刊○○○」は、日本一の発行部数を誇る雑誌であり、その影響力は極めて大きいが、原告について触れた本件記事は、公然と原告を中傷、誹謗する虚偽の事実を摘示し、又は虚偽の事実に基づいて原告を中傷、誹謗する意見表明、論評をするものであり、本件週刊○○○が、このような悪質な記事を掲載して出版、発行されたことにより、原告は、実情を知らない一般人による原告の人物、能力などに関する社会的評価を低下せしめられ、名誉を著しく毀損された。
被告△△△らが、本件記事を掲載した目的は、事実関係を知らない多数の人々の興味を刺激し、本件週刊○○○を購入させて、多額の利益を収めるところにあったというべきである。
被告戊山の本件記事におけるコメントは、世人の注目を集め、自己の名声を上げる目的でなされたものというべきである。
なお、被告△△△らは、本件週刊○○○が発売された当時原告について既に報道があったから、本件記事により原告に対する社会的評価が低下することはあり得ない、と主張するが、それらの報道自体が真実に反するもので、すべて原告に対する中傷、誹謗であり、他の報道機関が類似の報道をしていたからといって、本件記事の違法性が失われる筋合いはない。
(被告△△△ら)
1(一) 本件週刊○○○が発売された平成七年一一月二〇日当時、原告については、既に多くの新聞、雑誌等における報道を通じ、「M被告の刑事事件の弁護を一人で担当しようとする非常識な弁護士である。」、「その弁護活動に必要な調査、研究を十分に行わない不勉強かつ不熱心な弁護士である。」、「能力の乏しい信頼できない弁護士である。」、「受任した業務の中には、依頼者を裏切るような処理をしていたこともある信頼できない弁護士である。」との評価が、世間一般に定着していた。それに加えて、福岡における多重債務者からの預託金の処理を巡って弁護士会に懲戒請求も出されているとの事実も広く報道され、これらの事柄は、国民一般に知れ渡っていた。
したがって、本件記事により、原告に対する社会的評価が低下することはあり得ない。
(二) 本件記事は、Mの刑事事件及び弁護士としての原告の弁護活動等について報道するものであり、具体的には、同被告に対する刑事裁判が混迷しており、原告を弁護人から外す必要があることを主題とするものであるが、Mの刑事事件は、広く国民の関心を集める重大事件であり、司法に対する国民の信頼を維持するためにも、その裁判手続が適正に行われることが不可欠であること、及び、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする公職であることからすれば、本件記事は、公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で掲載されたものであることが明らかである。
そして、本件記事において被告らが摘示した事実、すなわち、原告の弁護士としての能力及び弁護活動、Mの刑事裁判、原告に対する懲戒処分、並びに、原告に対し提起された民事訴訟に関する各事実は、その主要な部分について真実であるか又は真実と信じるにつき相当な理由があった。
また、本件記事における評価に関する部分は、真実又は既に報道され世間一般に知れ渡っている事実に基づき、ここから推論することが不当、不合理とはいえない。
2 各記述について
(一) 記述①
(1) 記述①は、読者に対し、原告が具体的な刑事上の違法行為を行ったとの印象を与えるものではなく、「謀略」による「ウルトラC」として原告が逮捕される事態もありうる、との印象を与えるにすぎない。また、読者は、本件記事を通読すれば、そのような見方が有力でないことを理解できる。したがって、この記述が原告の社会的評価を低下させることはない。
(2) さらに、記述①は、原告が逮捕される可能性があるという、原告の将来に対する一つの評価又は意見を表明したものであるが、これは、当時広く報道されていた事実、すなわち、原告が、複数の多重債務者から債務整理の依頼を受け、金員を受領したにもかかわらず、右依頼に係る事務処理を行わず、預り金も返還しなかったため、右多重債務者らとの間でトラブルを生じ、民事訴訟まで提起されているとの事実(以下、原告と右多重債務者との間のトラブル全体を「福岡事件」と総称する。)に基づく合理的な評価であるから、不法行為は成立しない。
(二) 記述②
(1) 本件記事は、記述②に引き続く、「『そんなことはない』と本人は否定するのだが、『月々400万円』(元信者)が、定説になっている。」との記載により、原告の報酬は『月々400万円』が定説であるとの事実を報道しているものである。
(2) また、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の弁護士報酬規定によれば、刑事弁護の報酬には上限の制限がなく、自己の身体や生命を顧みず、Mの刑事事件のような大事件に立ち向かう弁護士であれば、報酬額が一億円でみっても何ら高額に過ぎることはないのであるから、記述②は、原告に対する社会的評価を低下させるものとはいえない。
(三) 記述③
(1) この記述が、原告の社会的評価を低下させたことはない。記述③は、あるテレビのワイドショー番組のスタッフが、ダンボール箱一〇箱分ともいわれる、Mの刑事事件に関する膨大な公判資料が、原告の自宅に搬入される光景を見ていないという事実を摘示したにすぎず、読者に対し、原告が公判資料を全く自宅に保管していない等の印象を与えるものではない。
(2) また、原告が真剣に公判対策を練っている様子が窺えないとの評価も、Mの刑事事件における原告の弁護活動という公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で、当時広く報道されていた事実、すなわち、原告が、我が国の刑事裁判史上類を見ない重大事件であるMの刑事事件について、単独で弁護を担当するとの非常識な発言を繰り返していたこと、右事件の帰趨を決定する上で重要な証拠である、共犯者の供述調書等の開示請求すら行わなかったこと、Mの側近であったIの名前すら知らなかったこと、及び、Mの刑事事件の弁護団の勉強会においても不勉強ぶりをさらけ出していたこと等の事実に基づき、何ら不当、不合理ではない評価を表明したものであるから、不法行為は成立しない。
(四) 記述④
(1) この記述が原告の社会的評価を低下させたことはない。
(2) 仮に、記述④により、原告に対する社会的評価が低下したとしても、右記述は、Mの刑事事件における原告の弁護活動という公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的で、真実を摘示したものであるから、不法行為は成立しない。
(五) 記述⑤及び⑥
(1) これらの記述が原告の社会的評価を低下させたことはない。
(2) 仮に、記述⑤及び⑥により、原告に対する社会的評価が低下したとしても、記述⑤は、Mの刑事事件における原告の弁護活動という公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で、当時広く知られていた事実、すなわち、原告は、一方で、Mの刑事事件の弁護を単独で担当するなどと非常識な発言を繰り返しながら、他方で、必要な証拠の開示を求めるなどの弁護活動を全く行わず、Mの側近であったIの名前すら知らなかったとの事実に基づき、原告の弁護活動に対する正当な批判を行ったものであるから、不法行為は成立しない。
記述⑥も、Mの刑事事件の弁護人である原告の能力という公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的で、真実を摘示したものであるから、不法行為は成立しない。
(六) 記述⑦
(1) この記述が原告の社会的評価を低下させたことはない。
(2) 仮に、記述⑦により、原告に対する社会的評価が低下したとしても、右記述は、Mの刑事事件の公判という公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的で、真実を摘示したものであるから、不法行為は成立しない。
(七) 記述⑧
(1) この記述が原告の社会的評価を低下させたことはない。
(2) 仮に、記述⑧により、原告に対する社会的評価が低下したとしても、右記述は、Mの刑事弁護人である原告の能力という公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で、当時広く報道されていた事実、すなわち、原告がMから弁護人を解任され、再任された後に再び解任されたこと、原告は、多数の多重債務者の債務整理を受任し、金員を預かったにもかかわらず、依頼の趣旨に添った事務処理をせず、預り金を返還しなかったこと、原告は、右事実及び週刊誌の記者に対し、Mの弁護人として職務上知り得た事実を正当な理由なく開陳した等の事実により、大阪弁護士会から除名の懲戒処分を受けたこと、並びに、原告が所属する大阪弁護士会でも、原告は弁護士としての仕事ができない最低の実力の弁護士であると評されていることに基づき、何ら不当、不合理でない評価ないし意見を表明したものであるから、不法行為は成立しない。
(八) 記述⑨
(1) 記述⑨は、ある弁護士において、原告が、将来、右のような行為を行う可能性があると考えている事実を摘示したにすぎず、原告に対する社会的評価を低下させるものではない。
(2) 仮に、記述⑨により、原告に対する社会的評価が低下したとしても、右記述は、Mの刑事事件の公判という公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で、当時既に広く報道されていた事実、すなわち、原告は、以前、暴力団関係者の刑事弁護人を務めた際、暴力団幹部の使い走りと評されるような行動をとっていたこと、東京地方裁判所がMの刑事事件の第一回公判期日を平成七年一〇月二六日に指定していたところ、原告は、同年一〇月二二日に交通事故に遭い、当初は格別の障害もなかった様子だったにもかかわらず、翌二三日入院し、一旦は教団を通じて公判延期の意向が表明されるなどしたが、裁判官が原告と病院で面接した結果、予定どおり公判期日が開かれることになったにもかかわらず、Mが同月二五日に原告を解任したため、結局第一回公判期日が延期されたこと等の事実に基づき、正当な評価ないし意見を表明したものであるから、不法行為は成立しない。
(九) 記述⑩
(1) この記述が原告の社会的評価を低下させたことはない。
(2) 仮に、右記述⑩により、原告に対する社会的評価が低下したとしても、右記述は、Mの刑事弁護人である原告の能力という公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で、当時広く報道されていた前記(七)記載の事実に基づき、何ら不当、不合理でない評価ないし意見を表明したものであるから、不法行為は成立しない。
(一〇) 記述⑪
(1) この記述が原告の社会的評価を低下させたことはない。
(2) 仮に、記述⑪により原告に対する社会的評価が低下したとしても、右記述は、Mの刑事弁護人である原告の能力という公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で、当時広く報道されていた前記(七)記載の事実に基づき、何ら不当、不合理でない評価ないし意見を表明したものであるから、不法行為は成立しない。
(一一) 記述⑫及び⑬
(1) 記述⑫は、ある弁護士において、原告が、将来、右のような行為をする可能性があるという見解を持っている事実を摘示したにすぎず、原告に対する社会的評価を低下させるものではない。
記述⑬は、東京地検の内部において、原告を逮捕すべきとの意見もあるという事実を摘示するものであるが、読者は、本件記事を通読すれば、右のような見解が有力でないことを理解できるから、右記述は、何ら原告に対する社会的評価を低下させるものではない
(2) 仮に、記述⑫により、原告に対する社会的評価が低下したとしても、右記述は、Mの刑事事件の公判という公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で、当時既に広く報道されていた前記(八)記載の事実に基づき、正当な評価ないし意見を表明したものであるから、不法行為は成立しない。
(一二) 記述⑭及び⑮
(1) この記述が原告の社会的評価を低下させたことはない。
(2) 仮に、記述⑭及び⑮により、原告に対する社会的評価が低下したとしても、記述⑭は、原告が弁護士として行った福岡事件の事務処理という公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で、既に広く報じられていた事実、すなわち、原告は、報酬を得ることを目的として業として多重債務者の債務整理を周旋している人物と提携し、多数の多重債務者から債務整理を受任したが、適切な処理を行わず、預り金も返還しなかったことから、「負債整理屋と結託して、多重債務者から預託を受けた金員を適切に弁済に回すことなく不当に騙取した。」として、原告に対する民事訴訟が提起されているとの事実に基づき、原告の行為が弁護士法二七条が禁止する「非弁護士との提携」に該当する可能性があるという正当な評価を表明したものであるから、不法行為は成立しない。
また、記述⑮も、Mの刑事弁護人である原告について、福岡事件に関し民事訴訟が提起され、大阪弁護士会において懲戒手続が開始されたという公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的で、真実を摘示したものであるから、不法行為は成立しない。
(一三) 記述⑯
(1) この記述が原告の社会的評価を低下させたことはない。記述⑯は、記述⑮の末尾に「A公判からの甲野外しという観点からは、懲戒は決定打にはなりません」と記載された部分を受け、「もし地検側が甲野外しを真剣に検討するなら、」との仮定を前提として、コメント末尾における「逮捕となれば当然、A被告の弁護をすることは不可能になります」との記載と相まって、原告逮捕の目的は、原告をMの刑事事件の弁護人から外すところにあることを指摘するものである。そして、記述⑰に引き続く、「しかし、世紀のA裁判だけに、強権発動による混乱は避けたい。現時点ではそういう意見の方が強いということです。」との記載によれば、読者は、ある弁護士が、原告を弁護人から外すために原告が逮捕される可能性があるとの見方をしているものの、そのような見方は、必ずしも有力ではなく、実際には逮捕されることはないだろう、との印象を受けるはずである。
(2) 仮に、記述⑯が、原告に対する社会的評価を低下させたとしても、右記述の評価に関する部分は、原告が弁護士として行った福岡事件の事務処理という公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で、既に広く報じられていた前記(一二)記載の事実に基づき、正当な評価ないし意見を表明したものであるから、不法行為は成立しない。
(一四) 記述⑰
(1) これらの記述が原告の社会的評価を低下させたことはない。記述⑰の前半部分は、東京地検内部でも、原告をMの刑事弁護人から外す目的で、福岡事件により逮捕できるのではないかという見方があるとの事実を摘示するものにすぎず、読者に対し、原告が具体的に逮捕されるべき違法行為を行ったとの印象を与えるものではない。また、前述のとおり、読者は、右記述に引き続く部分を読むことにより、原告が実際に逮捕されることはないだろう、との印象を受けるはずである。
(2) 仮に、記述⑰が、原告に対する社会的評価を低下させたとしても、右記述は、原告が弁護士として行った福岡事件の事務処理という公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で、既に広く報じられていた前記(一二)記載の事実に基づき、正当な評価ないし意見を表明したものにすぎないから、不法行為は成立しない。
(一五) 記述⑱
この記述が原告の社会的評価を低下させたことはない。
(一六) 記述⑲
(1) この記述が原告の社会的評価を低下させたことはない。
(2) 仮に、記述⑲により原告に対する社会的評価が低下したとしても、右記述は、Mの刑事事件における弁護人としての原告の能力という公共の利害に関する事柄について、専ら公益を図る目的で、当時広く報道されていた前記(七)記載の事実に基づき、何ら不当、不合理でない評価ないし意見を表明したものであるから、不法行為は成立しない。
(被告戊山)
被告戊山のコメントは、Mの刑事事件における原告の弁護活動という、高度に公共性をもった事柄に関し、これに対する批判としてなされたものであり、公益目的を持つものであった。被告戊山は、原告の弁護活動に対し、マスコミ等による報道内容、及び、テレビのワイドショー番組において原告と直接対談した結果に基づき、正当な批判を表明したにすぎない。
第三 争点に対する判断
一 本件記事の背景事実等
1 本件記事の背景事実として証拠上認定できる事実
乙第一号証の一ないし二一、第二号証の一ないし二〇、丙第一ないし第九号証及び弁論の全趣旨と前記第二の二の事実によれば、以下の事実が認められる。
(一) Mの刑事弁護人への選任から解任まで
原告は、平成七年六月一五日、殺人等の重大な刑事事件であるいわゆるオウム真理教事件の中心的な被疑者、被告人であるMから、私選弁護人に選任された。
原告は、Mの刑事事件について、単独で弁護活動を行う方針を有していたが、日弁連会長の土屋公献は、同年八月八日、Mの弁護のためには少なくとも一〇人の国選弁護人が必要であり、これを一人で務めるのは無理であるとの見解を示した。
Mの刑事被告事件は、第一回公判期日が同年一〇月二六日に指定されたが、その前日である同年一〇月二五日、Mが原告を解任したため、右期日は延期された。
裁判所は、同年一〇月二七日以降、一二人の弁護士をMの国選弁護人として選任し、Mも、同日、原告を再び私選弁護人に選任したため、一時私選弁護人である原告と国選弁護人とが並存する状態になった。
しかし、Mは原告を主任弁護人に選任せず、同年一二月二日、再度原告を解任した。
(二) 原告の弁護人としての執務態度
原告は、Mの弁護人として選任された同年六月以降、Mとの接見、刑事裁判所及び検察官との三者協議等の弁護人としての業務の外、オウム真理教教団に対する東京都知事からの宗教法人法に基づく解散命令請求事件における教団代理人としての業務、並びに、マスコミによる取材に対する対応などにより多忙を極めていた。
しかし、そのような多忙な中でも、原告は、Jその他の教団幹部と面会してMの刑事被告事件等に関する幹部らの意向を聞き、また、接見時にMから教団に対する指示、希望が示されたときはその都度Jら幹部に報告することを欠かさなかった。
また、原告は、Mの刑事事件の証拠として検察官から開示を認められた証拠のうち、供述調書など、謄写を許可された証拠の一部を謄写したが、その量は膨大であり、それらに一通り目を通しただけであった。
東京地方検察庁検察官は、オウム真理教関連の刑事被告事件における弁護人に対する事前の証拠開示に際して、原則的に、検証調書等の客観証拠及び末端信者の供述証拠についてのみ事前の謄写を認め、Mとの共謀関係の中心的立証手段となる幹部共犯者の供述証拠については閲覧だけを認める扱いにしていた(なお、オウム真理教事件でMの共犯者とされている者の中には、捜査段階で、末端信者の外に幹部信者の中にも犯行を自白する調書の作成に応じた者がいた。)。
原告は、検察官が謄写を認めなかった証拠の閲覧等を請求しなかったため、Mの共犯者とされる者の調書のうち、原告が検討を終えたのは、謄写が認められた、いわゆる落田耕太郎殺害事件の共犯者とされるBの供述調書のみであり、原告は、共犯者の供述調書の内容を比較検討する作業には全く着手しなかった。
原告は、昭和二年一二月一八日生まれで、本件週刊○○○が発売された平成七年一一月二〇日当時、既に六七歳を超えていたことなどから、健康には自信があったものの、Mの刑事被告事件の弁護人を二年間程度務めた後は、退いて他の弁護士に委ねる意思であった。
(三) 被告戊山とのワイドショー番組における対談
原告は、同年一一月一三日に放映された、フジテレビの「ビックトゥディ」という、いわゆる生放送の番組において、被告戊山及び他の弁護士らと対談した(以下、この対談を「本件対談」という。)。
この対談の中で、被告戊山が、M及び原告が証拠についてどのような意見や疑問をもっているのか質問したところ、原告は、Mの弁護方針として、全面否認するという以外に何ら具体的な弁護方針を示さなかった。
そこで、被告戊山は、当時、Mの側近とされMの共犯者として起訴されたIが、勾留理由開示の法廷において、いわゆる地下鉄サリン事件等の犯行を自白したと報道されていたことから、Iを例に挙げて原告の意見を尋ねたが、原告は、押し黙ってしまった。被告戊山は、「I被告、分かりませんか。」とさらに質問したが、原告は「全然知りません。」と答えたため、被告戊山のみならず、他の出演者及び司会者も唖然とする表情を示した。
また、被告戊山が原告に対し、多重債務者の債務整理の問題について福岡地方裁判所に提訴された民事訴訟事件について話を切り出したところ、原告は、「何を言っとるか。」と怒鳴って怒りだした。
被告戊山は、いわゆるオウム真理教事件の末端信者に対する刑事被告事件の弁護人を務め、検察官から開示された証拠を閲覧して検討していたため、概ね事件全体の証拠関係を把握していた。被告戊山は、本件対談における原告の一連の発言を聞き、原告が開示された証拠を子細に検討した形跡はなく、閲覧可能な証拠を東京地検に閲覧しに行っている様子も窺われず、これまで何ら具体的な公判準備をしていないものと判断し、原告に重大事件であるMの刑事事件の弁護人の職務がこなせるか不安を覚えた。
(四) 原告の非行及び除名処分
福岡県弁護士会は、平成七年七月、原告ら三名の弁護士が、金融業者などと業務提携して多重債務者から債務整理を受任し、なお事務処理を怠った疑いが強いとして、所属弁護士会に実態解明を求める文書を送付した。また、右多重債務者は、同年一一月一〇日、原告を被告として、福岡地方裁判所に、債務整理を受任しながら具体的に事件処理を怠ったことを理由とする損害賠償請求訴訟を提起した。
原告は、同年一二月上旬、既に検察官から開示され謄写していたMの供述調書三通の写しを、公判廷において取調未了で本人の承諾もないのに、週刊誌の編集者に交付し、その頃、その週刊誌を発行する出版社から相当多額の金銭を受領した。
原告は、その後、大阪弁護士会に対して懲戒請求され、平成六年七月から同年一二月までの間に八名の者から受任した債務整理、及び、同年七月から平成七年五月までに六名の者から受任した債務整理の事務に関し、債務支払金等を受領したにもかかわらず、一部の事務処理をしたのみで受任の本旨に従った支払などをしないまま放置し、委任者らに報告もしなかった事実、並びに、Mの供述調書の写しを週刊誌編集者に交付して金銭の授受を受けた事実などを理由として、平成八年六月一三日、大阪弁護士会から除名の懲戒処分を受けた。
(五) 原告に関する報道内容
原告については、本件週刊○○○が発売された当時、既に多数の新聞、雑誌によって、以下の各事実が報道されていた。
すなわち、原告は、Mの刑事事件の公判準備を十分に行っておらず、同事件の弁護団会議でもその不勉強ぶりが指摘されていること、Mの弁護を単独で担当するなどと発言したことが非常識であると批判されたこと、日弁連の会長が原告の弁護方針に不安を表明したこと、宗教法人法に基づく教団の解散請求の手続で原告が提出した答弁書が杜撰な内容であること、原告は大阪弁護士会で最も実力がない弁護士であると言われていること、原告がMの自白調書があるとの真実にそぐわない事実を話したこと、原告がMの刑事事件の第一回公判期日の直前に遭った交通事故やMによる弁護人の解任、再任は、Mの刑事事件の公判引き延ばしを目的とするものではないかと疑われ、原告も教団から公判延期の指示を受けたと発言したこと、原告は、かつて、ある暴力団幹部の使い走りとも評すべき行動をとったことがあること、前述のとおり、多重債務者から原告を被告とする預託金返還請求訴訟が提起され、原告が右事件に関してとった行動が弁護士法違反の疑いが強いとして福岡県弁護士会から大阪弁護士会に実態解明の要請がされ、原告に対する懲戒請求が大阪弁護士会にされ、同弁護士会で懲戒手続が開始されたこと、及び、福岡県警察も右事件を詐欺の容疑で捜査していること等の事実が報道されていた。
2 弁護士の職務の特質等
弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、誠実にその職務を行い、常に深い教養の保持と高い品性の陶冶に努め、法令及び法律実務に精通しなければならず(弁護士法一条、二条参照)、その職務の遂行について高度の職業倫理が要求され、職責は極めて重大といわなければならない。このような弁護士の職責の特質を考慮すると、国民一般による弁護士に対する評価に資するために報道機関が弁護士に関する記事を提供することは、高度の公益性を有するというべきである。
したがって、弁護士について、その職務上の活動が適切にまた誠実に遂行されているかどうか、職務遂行の対価の収受に不当性がないかどうか、職務上の非行がないかどうか、職務上の非行を理由とする懲戒等がされたかどうか、職務遂行に当たり能力、意欲に欠ける点がないかどうかなど、一般国民が信頼に足りる弁護士であるかどうかを評価するために重要な判断材料となるべき事実は、公共の利害に関する事実ということができる。
また、右のような弁護士評価のために重要な判断材料となるべき事実を基礎とする意見、論評の表明も、公共の利害に関する事実に係るというべきである。
二 本件記事の構成及び各記述の具体的検討
1(一) 本件記事は、本件週刊○○○の二四三頁から二四七頁にかけて掲載されているところ、大きく分けて、原告の弁護活動を中心としたMの刑事事件の刑事公判に関する問題点を指摘した部分(二四六頁まで)と、教団のテロ行為の危険性を指摘した部分(本件記事末尾まで)とで構成される。
そのうち、原告に対する名誉毀損の成否が問題となっているのは、前者の部分である(したがって、以下の検討で「本件記事」というときは、本件記事中のさらに前者の部分のみをいうものとする。)。
(二) 本件記事は、まず、二四三頁の中央に「『A謀略公判』のウラで『甲野弁護士逮捕』のウルトラC」(記述①)という大見出しを配置した上で、本件記事の本文へ導入するリード部分として、同頁右上部分に、ゴシック体で、「検察、裁判所、国選弁護団は、『A公判』を巡って三者三様の迷走を続けている。これでは事件の真相解明を遅らせ、A被告を利するばかりではないか。」との記述を掲載している。右リード部分は、読者に対し、本件記事が、当時社会の注目を集めていたMの刑事公判が混迷していることを指摘し、右の状況に対し、問題を呈する記事であることを理解させる。
(三) このうち、「『A謀略公判』のウラで『甲野弁護士逮捕』のウルトラC」という大見出し(記述①)は、見様によれば、原告が現に逮捕され又は逮捕される可能性があるとの印象を読者に与えるおそれが全くないわけではない。
しかし、記述①中には「ウルトラC」との表現があるが、この用語が最高難度Cを超える、もっとも難度の高い独創的な体操演技の称であることは公知であり、本件記事が、二四六頁の「『弁護士法違反の可能性が』」(記述⑭)との小見出しに続く部分で、原告をMの弁護人から外すための方法として、福岡事件により原告を逮捕することも考えられるが、東京地検ではそのような強権発動を避けたいとの慎重論の方が強いと結論付けていることから判断すれば、記述①は、原告を逮捕するという手段が検討されているが、この手段はいわば「ウルトラC」、つまり現実には非常に実現が困難であるとの内容を、右のような表現の中に込めていると認めることができる。
したがって、記述①は、原告の社会的評価を低下させるものとはいえない。
なお、記述①の見出しは、原告に逮捕されるに価する非行があった可能性があるという事実自体を示唆するものというべき余地がないではないが、後記7(二)(2)において記述⑬について詳細に検討するとおり、右記述は、弁護士の非行に関するものとして公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的で掲載されたものと認められ、捜査機関が原告に係る非行の疑惑について犯罪捜査に着手する現実的な可能性がかなり高く、その一環として強制捜査に入る可能性もないではなかったことを考慮すると、右のとおり示唆された事実を真実と信ずるにつき相当の理由があったということができる。
2(一) 本件記事は、本文冒頭において、原告がマスコミの注目の的になっていること等に触れている(冒頭から二四四頁三段四行目まで)。
(二) このうち、「一説には、オウムが甲野弁護士に支払った着手金は1億円ともいわれる。」との記述(記述②)は、一見すると、原告が教団から一億円もの過大な着手金を受領しているとの事実を摘示し、これを問題とする記述であるとも受け取られかねない。
しかし、本件記事は、記述②に引き続き、「『そんなことはない』と本人は否定するのだが、『月々400万円』(元信者)が定説になっている。」と記載しているのであるから、むしろ、原告が一億円の着手金を受け取ったこと自体は原告自身により否定されて、原告の報酬が月額金四〇〇万円であるとの事実を摘示したものと理解すべきである。
したがって、記述②は、原告の名誉を毀損するものとはいえない。
3(一) 続いて、本件記事は、二四四頁三段五行目から本題に入り、原告が真剣にMの刑事事件の公判対策を練っている様子が窺えないとの評価を掲げた上、その根拠として、あるテレビのワイドショー番組スタッフの「そんな資料が甲野弁護士の自宅に運び込まれる光景は見たことがない」との発言を引用するとともに(記述③)、原告が、あるテレビのワイドショーに出演した際、Mの側近であるIの名前さえも知らないと発言して、失笑を買った事実を掲載している(記述④)。
それを受けて、本件記事は、被告戊山のコメントを紹介し、同被告が、原告のM事件の弁護活動に対し、「勉強不足」「何もやる気がないとしか思えない。」と評していることを掲載している(記述⑤)。
そして、右コメントを受け、「甲野弁護士では、まともな裁判は期待できない」(記述⑤)として、裁判所が、同様の理由から、Mに国選弁護人を選任した事実を記載している(同頁四段一六行目まで)。
(二)(1) このうち、右記述③ないし⑤は、読者に対し、原告がMの刑事事件の刑事弁護人として誠実かつ真摯な公判準備活動をしていないとの印象を与えかねない。
記述③は、直接的には、あるワイドショー番組のスタッフが、Mの刑事事件に関する大量の公判資料が原告宅に運び込まれた光景を見ていないという事実を摘示したにすぎず、この限度では原告の社会的評価を低下させるものとはいえないが、右記述は、前述のとおり、原告が真剣にMの刑事事件の公判対策を練っている様子が窺えないという評価の根拠として掲載されているものであることをも考慮すると、あるワイドショー番組のスタッフのコメントを紹介することにより、原告が熱心に公判資料を検討していないとの事実を示唆するものと理解することができる。
しかしながら、この事実は、弁護士としての職務の遂行が適切、誠実に行われているかどうかに関するものであり、前記一の2における検討のとおり、公共の利害に関するものというべきであり、また、この記述が興味本位を目的とするなど特段の事情は認められず、専ら公益を図る目的であったことは本件記事全体の論旨から明らかである。
そして、前記一の1における認定事実によれば、原告は、重大な刑事事件の被告人であるMの弁護人として多忙を極めていたとはいえ、検察官から開示された証拠のうち検討を終えたのは謄写を許された証拠の一部のみであったこと、特に、Mの犯罪成否にとり最も重要な役割を果たすことが弁護士であれば当然に予測でき、検察官からもあらかじめ閲覧だけは許可された幹部共犯者の供述調書については、全く閲読できていなかったこと、及び、幹部共犯者の供述調書の内容を比較検討するなど弁護人として弁護方針を固めるために要求される根本的作業には全くと言ってよいほど着手していなかったことを認定することができる。
右認定事実を前提とすれば、記述③が摘示する、Mの刑事事件の公判資料が何ら原告宅に運び込まれたことがないとの事実については、これを真実と信ずるにつき相当な理由があったと推認することができ、故意過失が否定されるというべきである。
(2) また、記述④は、原告が、ワイドショー番組に出演した際、Mの側近であるIの名前すら知らないと発言して失笑を買った事実を摘示するものであり、原告の社会的な評価をある程度低下させることは否定できない。
しかしながら、この記述は、原告が弁護人として担当するMの刑事事件の資料を深く検討していないため関係者の名前すら把握していないことを示唆し、弁護士としての業務を適切、誠実に遂行しているかどうかに関わるものであり、前記一の2の検討のとおり、公共の利害に関するということができるし、この記述が興味本位を目的としているなどとは認められず、特段の事情の認められない本件では、本件記事全体の論旨から、専ら公益を図る目的で掲載されたものと認めることができる。
そして、前記一の1における認定事実によれば、記述④に摘示された事実はほぼ真実に合致していると認められる。
そうすると、記述④の掲載には、違法性が欠けるといわなければならない。
(3) さらに、記述⑤は、直接には、被告戊山による原告に対する「勉強不足」、「やる気がない」、「まともな裁判は期待できない」との意見ないし評価を摘示するものであるが、同時に、その意見ないし評価が前提としている、原告がMの弁護人として刑事事件の資料を閲覧して検討すべきことを怠っている事実の摘示をも含むものということができる。
この事実と意見ないし評価は、弁護士としての職務の遂行が適切、誠実に行われているかどうかに関する事実と評価に関するものであり、前記一の2における検討のとおり、公共の利害に関するものというべきであり、また、この記述が興味本位を目的とするなど特段の事情は認められないから、専ら公益を図る目的で掲載されたことは、本件記事全体の論旨に照らし明らかである。
そして、(1)記載の認定事実によれば、記述⑤のうち事実を摘示する部分は、重要な部分について真実の証明があったとして違法性を欠くということができるし、意見ないし評価を示す部分も違法性がないといわなければならない。
もっとも、記述⑤のうち、「失礼ながら、A被告の弁護人も辞任して、引退したほうがいいと思います」との表現は、原告を若干揶揄するものであるといえるが、(1)記載の認定事実と対比すると、右の程度では、意見ないし評価としての域を逸脱したとはいえない。
4(一) さらに、本件記事は、二四四頁四段一七行目以下において、裁判所がMに対する国選弁護人を直ちに選任し、その顔ぶれに、「『甲野弁護士の実力に不安を抱いていた』(捜査関係者)」(記述⑥)といわれるMも大満足の様子であると記載し、その根拠として、「甲野弁護士の主任弁護人への指名要請にも態度を留保したほどだ。」(記述⑥)との事実を掲載している。
そして、裁判所が、国選弁護人を私選弁護人である原告の補完として位置づけたために混乱が生じた、との内容に話題を移行させるため、「解任・再任で初公判を延期させたA・甲野コンビに代わって、今度は東京地裁が迷走することになる。」との記述(記述⑦)を掲載している(二四五頁一段本文四行目まで)。
(二)(1) このうち、右記述⑥は、Mが原告の弁護士としての実力に不安を抱いていた事実、及び、Mが、原告の主任弁護人への指名要請に対し、態度を留保したとの事実を摘示するものであり、その記述自体は、Mがどのように感じてどのような態度をとったかに関するものでしかないが、全体としては原告が刑事弁護の依頼者から信頼されない弁護士であるとの印象を与え、その限度では原告の名誉を低下させるおそれがあるということができる。
しかしながら、前記一の2における検討と対比すると、この記述は、弁護士が信頼に足りるかどうかを評価するために判断材料となる事実として公共の利害に関する事実ということができ、また、この記述の目的は、専ら公共の利益を図ることにあったと認められる。
そして、前記一の1の認定事実によれば、Mは原告を私選弁護人として選任しつつ、国選弁護人と併存したときも主任弁護人には選任しないまま、結局において解任したことが明らかであり、Mが原告の実力に不安を抱き、主任弁護人への原告の指名要請にも逡巡したことが推認されるから、記述⑥において摘示された各事実は、その重要部分について真実であることの証明があったといって差し支えなく、また、少なくとも右事実を真実と信ずるにつき相当の理由があったということができる。
したがって、記述⑥を掲載したことに違法性はないか、又は、少なくとも故意過失が否定され、不法行為は成立しない。
(2) また、記述⑦の「解任・再任で初公判を延期させたA・甲野コンビ」の部分は、Mと原告が意思を通じて原告の解任及び再任を行い、Mの刑事事件の第一回公判期日を延期させたとの事実を摘示して、読者に対し、原告が公正な刑事裁判の遂行を妨害したとの印象を与えかねない。
しかしながら、前記一の2の検討をまつまでもなく、公判期日を適正に維持すべきことはおよそ弁護人としての弁護士の職責であることはいうまでもなく、弁護士が公判期日を無駄に延期させたことに関する報道が公共の利害に関し、記述⑦の目的が専ら公益を図るためであることは容易に肯認することができる。
そして、前記一の1の認定事実によれば、Mの刑事被告事件は必要的弁護事件であるのに、Mは唯一の弁護人であった原告を第一回公判期日の前日に解任し、その延期の翌日に原告を再び私選弁護人として選任するという異常な行動をしたことが認められ、Mが意図的に公判期日の延引を図ったことは明らかであり、原告もMによる再選任に異を唱えた形跡はなく、公判期日の延引についてMと意思を通じたと言われてもやむを得ない関係にあったということができ、記述⑦に記載された事実は、少なくとも真実であると信じるについて相当な理由があったと推認することができる。
したがって、この記述⑦については、少なくとも故意過失が否定されるというべきである。
5(一) 続いて、本件記事は、「甲野ならAは3回死刑」(記述⑧)との小見出しのもと、裁判所が、国選弁護人を私選弁護人である原告の補完として位置づけたために、混乱が生じたとの内容を掲載する(二四五頁四段一行目まで)。
(二) この小見出し(記述⑧)は、原告がMの刑事弁護人を務めることが、同人にとって、三回も死刑判決を受けるほど不利益であるとの意見ないし評価を表明したものであり、右記述は、読者に対し、原告が能力又は意欲の低い弁護士であるとの印象を与えるものというべきである。
しかしながら、弁護士の能力に関する意見ないし評価の表明は、前記一の2のとおり、公共の利害に関する事実に係るということができ、また、他に特段の事情は認められないから、この記述は専ら公益を図るために掲載されたことが本件記事全体の論旨から明らかである。そして、前記一の1の認定事実によれば、原告が、Mの弁護人として供述調書等の証拠について根本的作業といえるものをほとんどしていない一方で、被告人であるMの利益に反して一部の供述調書の写しを報道機関に流布させるような非違行為をもしていたことが認められ、原告の弁護人として能力、意欲に極めて問題があることが示されている。そして、記述⑧は、揶揄的な表現ではあるものの、右認定事実に照らすと、いまだ人身攻撃のための記事とまで認めることはできず、意見、論評としての域を逸脱したとまでいうことはできない。
したがって、記述⑧は、記述された意見の前提とする事実は重要な部分において真実の証明があったというべきであり、少なくとも意見ないし評価の主体がこの事実が真実と信ずるについて相当の理由があったということができるから、記述⑧については、違法性を欠き、又は少なくとも、故意過失を否定されるというべきである。
6(一) さらに引き続いて、本件記事は、この裁判所の姿勢を批判するある弁護士が、「実際、甲野弁護士が主任弁護人となれば、A被告や教団と結託して公判の進行を妨害しても、裁判所は打つ手がなくなってしまいます。甲野弁護士を外すしか、まともな裁判は期待できません」(記述⑨)とコメントしていることを掲載し、続いて、東京地検の関係者の「甲野弁護士のような、いい加減な弁護人だったから、Aは死刑になったなどと批判されることも想起できるからです。」(記述⑩)とのコメントを掲載することにより、東京地検も原告が弁護人を務める裁判では国民の納得が得られないのではないかと心配していることを指摘し、さらに原告の能力が極めて低いことを示す、「甲野さん一人体制なら、Aは3回死刑になる」との冗句(記述⑪)を掲載した(同頁五段一七行目まで)。
(二)(1) このうち、記述⑨は、原告がMと結託して、公判の進行を妨害する可能性があり、原告を外すしかまともな裁判は期待できないとの特定の弁護士による意見ないし評価の記事であり、原告がMの弁護人として業務を適切に遂行できない懸念を表明するもので、原告の評価を低下させる内容であるが、この記事は、弁護士としての業務の適切な遂行に関する意見ないし評価であり、前記一の2の検討のとおり、公共の利害に関する事実に係り、また、特段の事情も認められず、その目的は、本件記事全体の論旨から、専ら公益を図ることにあると認められる。
そして、前記一の1の認定事実によれば、前述のとおり、原告については、Mが原告を弁護人から解任するなどしたため、同被告の刑事事件の第一回公判期日が延期されたこと、原告は、いかに多忙であったとはいえ、Mの弁護人として供述調書等の証拠について十分な準備、検討作業をほとんどしておらず、また、Mの右行為が刑事事件の公判引き延ばし策ではないかと疑われて不思議でない状況にあったことが認められ、しかもそのことは広く世間一般に報道されていたと認められる。また、記述⑨を人身攻撃のための記事とみることはできない。
したがって、この意見ないし評価の記事の前提とする事実は重要な部分において真実の証明があったというべきであり、少なくとも意見ないし評価の主体がこの事実を真実と信ずるについて相当の理由があったといわなければならない。
そうだとすれば、記述⑨は、違法性を欠き、又は少なくとも故意過失を否定されるというほかはない。
(2) また、記述⑩は、ある東京地検の関係者において、Mが死刑になったのは原告がいい加減な弁護士だったからだとの批判も想起できる、との意見を表明するものであり、右記述は、読者に対し、原告の弁護士としての能力、意欲が低いとの印象を与えるものであるといえる。
しかしながら、Mの刑事事件の弁護人である原告の能力、意欲に関する意見の表明は、前記一の2において検討したとおり、公共の利害に関する事柄であるということができ、本件記事が、専ら公益を図る目的でこれを記載したことは、本件記事全体の論旨から明らかである。
そして、前記一の1の認定事実によれば、原告が、Mの弁護人として供述調書等の証拠について十分な準備、検討作業をしていないまま、他方で、Mの利益に反し一部の供述調書の写しを報道機関に流布させるような行為をしていたことが認められ、右認定事実に照らすと、記述⑩を人身攻撃のための記事と認めることはできず、いまだ意見、論評としての域を逸脱したとまでいうことはできないから、右記述における意見の前提とする事実は、重要な部分において真実の証明があったというべきであり、少なくとも意見ないし評価の主体がこの事実が真実と信ずるについて相当の理由があったことが明らかである。
したがって、記述⑩は、原告に対する社会的評価を低下させるものではあるが、違法性を欠き、又は少なくとも故意過失を否定され、原告に対する不法行為とはならないというべきである。
(3) 記述⑪は、記述⑧と同様、読者に対し、原告が能力の低い弁護士であるとの印象を与えるものといえるが、同様に、原告に対する不法行為となるとはいえない。
7(一) 本件記事は、続いて、二四五頁五段一八行目以下において、「これでは、地検側も後味が悪かろうというのだが、地検側が甲野外しを主張する背景には別の理由もあるという。『問題は彼が教団の伝書鳩であることです。A公判には他の被告の調書も軒並み提出され、弁護人は、それをコピーできる立場にもある。そのコピーを教団側が入手すれば、被告人たちの口裏合わせなど公判対策に利用することもできる。地検側は、妙な抵抗で裁判が混乱したり、長期化することは避けたいのでしょう』(前出・法曹関係者)」との記述(記述⑫)により、地検が、原告をMの弁護人から外したい理由は、原告が教団と結託して、公判の進行を妨害する可能性があるためであることを指摘した上で、「そのため、地検側は『甲野逮捕』さえ視野に入れているという情報もある。」(記述⑬)と記載した。
(二)(1) このうち、記述⑫は、ある東京地検の関係者において、原告がいわば教団とMとの間の伝書鳩として、他の被告の供述調書のコピーを教団に交付し、その結果、他の刑事被告人たちと口裏合わせなど公判対策に利用される危険があるとの意見を有していることを表明したものであるが、同時にこの意見どおりの事実の摘示をも含むということができ、右記述は、読者に対し、原告は公正な事務処理をしない弁護士であるとの印象を与え、原告に対する評価を低下させるものといえる。
しかしながら、前記一の2の検討の結果によれば、弁護士の事務処理の適切さに触れる記述⑫は、公共の利害に関する事実に係るものといえる。また、本件記事がもっぱら公益を図る目的に出たものであることは明らかである上、前記一の1の認定事実によれば、原告は、Mの弁護人のみならずオウム真理教の解散命令請求事件における教団代理人を務めて、多忙な中でも教団幹部と面会してその幹部の意向を聞き、またMから教団への指示、希望を教団に報告しており、他方で、原告は、前述のとおり、Mの供述調書の写しを他に流布させるような行為をしたこと、また、直前に原告が解任される事態が生じたためMの第一回公判期日が延期されたことなどが明らかであり、これらの事実によると、原告が、入手した共犯者らの供述調書を教団の言いなりになって教団側に交付することにより、Mの刑事被告事件の不当な延引その他の必ずしも正当とはいいかねる何らかの公判対策に利用されるおそれが現実にあったと言われてもやむを得ない状況が存在したというべきである。
したがって、記述⑫により摘示された事実及び意見の表明の基礎とされた事実には、重要な部分について、真実の証明があり、又は少なくとも真実と信じるについて相当な理由があったということができるから、記述⑫の記載は違法性を欠き、又は少なくとも故意過失が否定され、不法行為となる余地はないというべきである。
(2) また、記述⑬については、本件記事において、二四六頁の三段二九行目から四段四行目にかけて、「たしかに、地検内部には福岡の件で甲野弁護士を逮捕できないか、という意見もありました。しかし、世紀のA裁判だけに、強権発動による混乱は避けたい。現時点ではそういう意見のほうが強いということです。」とのコメントが記載されており、読者に対し、原告は結局は逮捕されることはないだろうとの印象を与えるものの、これにより、原告が逮捕されるだけの違法行為を行い、逮捕される可能性があるとの印象までは払拭されないから、原告に対する社会的評価を低下させないとはいえない。
しかしながら、この記事は、弁護士の非行に関するものであり、前記一の2において検討したとおり、公共の利害に関し、また専ら公共の利益を図ることにあると認められ、前記一の1の認定事実によれば、原告は、多重債務者から債務整理の事務を受任しながら、事務処理を怠った件で損害賠償請求をされたばかりでなく、現実にその件について非行があったことなどの非行認定を受けて弁護士会から除名処分を受けており、しかも、本件記事の当時、捜査機関がその件で強制捜査に踏み切るかどうかを検討していることが報道されていたことが明らかであって、原告が多重債務者から債務整理を受任しながら、事務処理を怠った疑いは極めて濃厚であり、また、真実弁護士が受任者から受領した金銭が趣旨どおりに支払われていないときは、一定の要件さえ充足さえすれば詐欺、横領等の犯罪が成立する高度な蓋然性が存在し、したがって、捜査機関が原告に係る右の疑惑について犯罪捜査に着手する現実的な可能性はかなり高く、その一環として強制捜査に入る可能性もないではなかったことをも考えると、記述⑬の事実は少なくともこれを真実と信ずるにつき相当の理由があったと推認することができる。したがって、記述⑬については、少なくとも故意過失が否定されるというべきである。
8(一) さらに、本件記事は、記述⑬の情報を受けて、「弁護士法違反の可能性が」(記述⑭)との小見出しのもと、「すでに報じられているように、甲野弁護士は被告としての訴訟を抱えている。」との記述に続けて、原告が福岡県の多重債務者から提起されている、預託金返還請求訴訟の概要を説明する。そして、「懲戒委員会の決定が出るまでには、早くても半年から1年かかるのが一般的」であるとした上で、大阪弁護士会のある弁護士が、「したがって、A公判からの甲野外しという観点からは、懲戒は決定打にはなりません」とコメントしていることを紹介する(以上、記述⑮)。
そして、本件記事は、それに引き続き、「これとは別に『甲野逮捕』の可能性が取り沙汰されている。」として、ある弁護士のコメントとして、「もし、地検側が甲野外しを真剣に検討するなら、逮捕は考えられます。福岡の件は詐欺、横領、弁護士法違反に問われる可能性もあるからです。逮捕となれば当然、A被告の弁護をすることは不可能になります」と記載し、東京地検からも、「『10月26日のA初公判直後に甲野弁護士を逮捕する』という情報がマスコミに流れたことがある。」と記載して(以上、記述⑯)、地検内部でも、原告をMの刑事弁護人から外すために、原告を逮捕できないかとの意見があったことを記述する。
しかし、右記述に続く部分で、右のような強権発動は避けたいとの慎重論が、地検内部では強く、福岡事件を材料に、原告に対し、Mの刑事弁護人を辞任するよう暗黙の圧力をかけることは可能であるとしても(記述⑰)、現実に原告を逮捕することはないであろうと結論づけている(二四六頁四段一二行目まで)。
(二)(1) このうち、記述⑭は、原告が弁護士法に違反している可能性があるとの事実を摘示するものであるが、この弁護士に関する非行を示す記述が公共の利害に関することは、前記一の2のとおりであり、専ら公益を図る目的であることも肯定でき、少なくともこれを真実と信ずるについて相当の理由があることも記述⑬について前述したところと同様である。
したがって、記述⑭についても少なくとも故意過失を否定されるというべきである。
(2) また、記述⑮の第一文は、原告が民事訴訟の被告となっている事実を摘示したものであるが、右記述は、それに引き続く記載と相まって、読者に対し、原告は、依頼者からの依頼を誠実に履行せず、預り金を返還しなかった信用できない弁護士であり、弁護士として誠実に職務を果たしていないとの印象を与えるものといえる。
しかしながら、右記述が公共の利害に関することは前記一の2において前述したとおりであり、専ら公益を図る目的であることも肯定でき、この摘示された事実が真実であることは、前記一の1において認定したとおりであるから、この部分も違法性を欠くというべきである。
(3) さらに、記述⑮の第二ないし第四文は、原告をMの刑事事件の弁護人から外す手段として懲戒は必ずしも有効とはいえないとの意見を述べたものにすぎず、この記事自体が原告の社会的評価を低下させるものではないから、何ら原告の名誉を毀損するものではない。
(4) そして、記述⑯及び記述⑰の第一、二文は、東京地検の内部において、原告をMの刑事事件の弁護人から外すため、福岡事件を理由に詐欺、横領、弁護士法違反の容疑で原告を逮捕することさえ視野に入れていたとの事実とそれに沿う弁護士の意見を摘示したものであり、これにより、読者は、原告が具体的な被疑事実を理由として逮捕される可能性があるとの印象を受けるものというべきである。
しかしながら、これらの記述に関しては、記述⑬について前述したのと同様の理由により、少なくとも故意過失を否定されるから、原告に対する不法行為は成立しない。
(5) さらに、記述⑰の第三、四文は、ある地検関係者において、東京地検が、原告に対し、福岡事件を材料に、Mの弁護人を辞任するよう暗黙の圧力をかけることが可能だとの意見を有しているとの事実を摘示したものであるが、右事実が摘示されたこと自体により、原告に対する社会的評価が低下するものではないから、右記述は、何ら原告の名誉を毀損するものではない。
9(一) 本件記事は、最後に、二四六頁四段一三行目以下において、原告が、「私は協調性のある弁護士だと思われています。国選弁護人の先生方ともうまくやっていける」と語っているのも、福岡事件の弱みが影響していると考えることができるとした上で、原告がテレビに出演した際、話が預託金返還訴訟に及んだ途端、取り乱して怒るなどした事実を掲載して(記述⑱)、福岡事件が原告の弱みであることは間違いないとの判断を示し、「『大阪弁護士会2000名中2000番目の実力』とさえいわれる弁護士一人に、日本の司法制度が問われるといわれるA裁判が振り回されていることになるからだ。」(記述⑲)と記載して、このような原告にMの刑事事件の公判が振り回されていることは嘆かわしいことであるとして結んでいる(二四六頁五段二二行目まで)。
(二)(1) このうち、記述⑱の第一文は、直接的には、原告がテレビ番組に出演した際、話が福岡事件の民事訴訟に及んだ途端、取り乱して怒るなどした事実を摘示するものであるが、「甲野弁護士にとって、福岡はアキレス腱であることは間違いない。」との評価の根拠として右事実が掲載されていること、及び、前記一の1のとおり、本件週刊○○○発売当時、福岡事件は、多数の新聞、雑誌等により、広く一般に報道されていたことを考慮すると、右記述は、同時に、福岡事件が真実であるとの事実をも摘示するものと理解するのが相当であり、読者に対し、福岡事件とされる原告の非行が真実であるとの印象を与え、原告の社会的評価を低下させるということができる。
しかしながら、前記一の2で検討したとおり、この記述は、公共の利害に関する事実に係り、また、その目的は専ら公益を図るものと認められる。
そして、前記一の1で検討したとおり、原告がテレビ番組に出演した際、話が福岡事件の民事訴訟に及んだ途端、取り乱して怒るなどした事実は真実であると認められ、このことと、前記記述⑬について検討した結果を考慮すると、少なくとも右の原告の非行が真実であると信じるについて相当の理由があったと推認することができ、この記述は少なくとも故意過失を否定されるということができる。
また、それに引き続く、「見方を変えれば、これほどアホらしいこともない。」との記述は、原告を揶揄したものではなく、それに引き続く記述⑲と一体となって、Mの刑事事件の公判が、原告にかき回されていることを嘆いた表現と見るべきであり、原告の社会的評価を低下させるものということはできない。
(2) また、記述⑲は、原告が大阪で最低の実力の弁護士であるとの意見を表明し、さらに、原告がMの刑事事件の公判を振り回しているとの事実を摘示したものであるが、前述のとおり、ここに表明された意見の基礎とされる弁護士の能力に関する事実、摘示された弁護士の職務遂行に関する事実が公共の利害に関することは、前記一の2において述べたとおりであり、記述⑲の意見表明、事実摘示の目的が専ら公益を図ることにあることも肯認されるところ、これらは人身攻撃にわたっているとまでは認められず、前記一の1における認定事実と対比すると、ここで表明された意見は、やや誇張があることは否定できないけれども、原告について能力的資質的に疑問があることの意見表明とみる限り、意見、論評としての域を逸脱したとまでいうことはできないし、右意見の前提となる事実及び右摘示事実も重要な部分においては、真実と合致し、又は少なくとも真実と信じるについて相当な理由があるといわなければならない。
したがって、記述⑲も、違法性を欠き、又は少なくとも故意過失を否定され、原告に対する不法行為とはならないというべきである。
三 したがって、原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官成田喜達 裁判官山﨑勉 裁判官中丸隆)